暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

道行 (二)

蒼紫たち一行は、春の気配のする街道筋を西に下っていた。宿を下向し、いよいよ関所が近づいてきている。巴と縁を中に入れて、一向は縦一列で歩いている。

巴は関に入る時は緊張した。江戸に入る者、出る者を厳しく吟味する場所だ。彼らは御庭番衆を名乗ってはいないし、関所に出す鑑札も去る筋から渡された「偽物」である。身分や出身は江戸の下町の町民と偽っている。ただ、なぜか巴たちの名前は「雪代」姓のままであった。

関では見事に変装した般若が、「伊勢講の集会に出席するために、中山道を名古屋に下りまする」と奉行に言った。かの源義経の故事のような所作をするわけでもなく、蒼紫らはそのままそこを通された。ただ、奉行は「雪代」という姓名を読み上げた時、少し片頬で笑ったようであった。巴はそれが気になった。

「なに、珍しい名前だから気になっただけであるが」とその中年の奉行は言った。

しかし特に怪しまれている様子ではなかった。奉行は笑顔で「では通られよ」と蒼紫らに申し渡した。関越えはあっけないものであった。

その日は晴天に恵まれていて、道中は葉霞らが仕掛けて来ない今は、山道ではあれ楽なものであった。自然、癋見や猩々などは私語が多くなった。彼らは巴らが気になって仕方がないのである。先を行く蒼紫と般若らは無言であったが。そしてしんがりを守って歩いているのが、式尉と火男であった。体格のいい彼らは、後を通る不審な者が前に行くのを防ぐ「栓」の役割を果たしていた。巴と縁は真ん中で、寂庵と猩々、癋見と歩いていた。

と、癋見が小声で巴に言った。それは先を行く蒼紫らが十分に彼らから離れているところを見計らってであった。

「ねぇねぇおねぇさん、若頭とお話した?」

巴は聞き返した。

「え・・・、なんでしょう?」

「だから蒼紫様と・・・なんにも話したことないの?」

猩々は横からしっ、と言った。

「馬鹿。そんな話すんじゃねぇよ。」

癋見は駄々っ子のように答えた。

「何が馬鹿だ。若頭はあの老御頭に言われて、三ヶ月の間毎朝あんたに見張ってたんだぜ。好きでもないのにそんなこと・・・。」

猩々はこれでなかなか少年なのにしっかりしていた。歩きながら彼は答えた。

「余計なこと言うんじゃねぇ、癋見。若頭が聞いたら気を悪くするだろ。」

巴は驚いた。三ヶ月と言うと、まだ清里が生きていたころである。

───そんな頃からあの方が私を。

何かドキリとするものがあった。しかし巴はまだ年若い乙女であったので、まずそのことを聞いて頬が赤くなった。彼女はつとめて平静に小声で答えた。

「私は知りませんでした・・・・。何か理由があったのでしょうか・・・・。」

癋見は得意げに言った。

「それはもちろん、あんたと若を仲良くするためさね。」

猩々はまさか、と鼻じろんだ顔になった。そして言った。

「まったくてめぇは頭に花が咲いてんな。あのじじぃが俺たちにそんな親切心でいるわけねぇだろ。俺たちに、瑠璃波硝子の件を押し付けたってぇのによ。」

癋見はそう聞くと、身を乗り出して言った。彼にとってはいい思いつきだったらしい。

「だからそこなんだよ、猩々。本当は好きなのに、別々に暮らしているだろ。その二人を結びつけるのはどうしたらいいか。それには一緒の道中だ。これから仲良くなって、そしてだな、この巴殿もわれら御庭番衆の一員となり、晴れて夫婦になる。こいつは万々歳ですよね。」

「おい。」

猩々が顎をしゃくった。前を歩いていた蒼紫が、眼光を光らせてこちらをにらんでいるのがわかったからだ。もちろん余計なことを癋見がしゃべったからだ。

「おっちょこちょいが。言っちゃならんことを、どうしててめぇは言うんだよ!」

言うなり、猩々は癋見に肘鉄を食らわした。

「痛い、痛いです猩々。なんか俺間違ってますか。」

「ああ、多いにな。」

後ろから式尉が引き取った。癋見は恥ずかしそうな態で頭をかいた。そして巴に言った。

「ごめんなさい、もう言いません。」

巴はしかし、癋見の気遣いがうれしくなり、「はい」と答えた。寂庵はため息をついて言った。

「やれやれ、何を言うのやらと思うたら・・・・。」

しかし癋見の言うのはあながち間違いではないと、寂庵はにらんでいたので、それ以上は言わなかった。老御頭はあきらかに、巴と蒼紫を接近させるように仕向けていたのだ。それは寂庵にとっては蒼紫を思うと、不安材料であった。

だが、癋見や猩々がそこまでわかるわけはない。

「けっ、おっちょこちょいが、そんなこと言ってるから若がてめぇを仲間の中で一番信用していないんだ。馬鹿。」

猩々はあきれたように言った。蒼紫はもう前を向いていた。

これを聞いてますます面白くない顔になっていったのは、巴の横を歩いている縁であった。彼は癋見を殺しそうな顔でにらんでいたし、蒼紫にも目を光らせていた。一見彼は素直に姉の手に引かれていたが、彼は巴の周りを囲んで歩いている男たちすべてが嫌いであった。

 

縁は実はわざと葉霞らが蒼紫ら一行に潜ませて送った、刺客とまではいかないが、そのような「者」であった。縁にさんざんいろいろなよからぬことを吹き込んで葉霞は彼を野に放った。彼女は縁の心を見抜いていた。必ずやほころびはこの子供から起こると彼女は計算していた。

今彼女たちは山越えの道の端に立っている。そこからは峠をのぼる街道を見晴らすことができる。蒼紫ら一行が通るのはもう間近であろう。関に偵察に出した霞衆の女どもの報告を聞き、葉霞はすらりと刃を抜き払って言った。

「ここで蒼紫を追い落とせないのは、恥ずかしいことさ・・・・・。」

葉霞はそう言うと、二人の女に言った。

「仕掛けるよ。まずあの後ろにいる金魚の糞どもを女からひきはがす。蒼紫と般若は私が殺る。おまえたちは背後からつくんだ。いいね。」

ぱっ、と女たち二人が木々を飛び退った。葉霞はもうひとりの女、麗月と蒼紫たちの前に木の上から躍り出た。蒼紫はしかしさほど驚いていなかった。葉霞は刀をかざして言った。

「どこに行くんだい、蒼紫?女を連れて物見遊山かい?いいご身分だねぇ、伊勢見物かい。その女、悪いがあたし達が用があるんだ。置いていってもらおう。」

蒼紫は答えた。

「・・・・・。どういう要件だ。」

「言うと思うのかい?あたしはね、あんたがわざわざ京にまで上る用をなくしてあげようとしているんだよ。」

「どういうことだ。」

「じゃあ言ってあげよう。その女は瑠璃波硝子の件で、さる筋から人相書きが出ている。それでおまえの御頭はおまえに見張るように言った。それは知らないだろう。」

蒼紫は無言だが、憮然としたおももちで葉霞の顔をにらんでいる。

後ろでやりとりを聞いていた巴は、不審に思った。先ほどの関では普通に通されたのだ。人相書きが出ている・・・・何かおかしい。

巴は横にいた寂庵に「どういうことでしょう。」と小声で尋ねた。寂庵はだまりこくっている。巴の横で猩々と式尉が刃を抜いた。

「・・・・裏筋だ。」

式尉がつぶやいた。巴は目を見張った。「でも」、と言いかけた巴を制して寂庵がつらそうに答えた。

「そうじゃな。おまえさんにすべての責を着せたい闇の勢力がいるということじゃな。」

「それは」と巴が言いかけた時、葉霞たちは斬り込んで来た。蒼紫は剣で受けた。葉霞は高笑いをしながら、蒼紫を追い詰めていった。葉霞は叫んだ。

「おまえは一生、あたしの下働きでよかったんだよ!それを、あのくそじじいがっ。」

くそじじいというのは、後に先代と呼ばれることになる爺だ。葉霞は蒼紫をあおった。

「じじいに目をかけられて、次期御頭かい?あたしたちを追い出して、さぞかし安泰なんだろうねぇ。おまえたちの組織は、あたしがつぶしてやる。あたしたちを追い出したことを、後悔させてやるっ。」

蒼紫は葉霞の剣を受けながら、山道を巴たちの方から離れるように進んでいる。葉霞を巴と縁から離そうとしているのだ。蒼紫は以前に霞衆と戦った時、女たちの剣さばきを体感していて、やはり一番の脅威は葉霞だけと認識している。寂庵はその様子を、やはり女たちの攻撃を剣で受けながら感づいていたが、「いかん。蒼紫。」と思い、叫んだ。

「蒼紫、罠じゃ!」

縁はこの様子を見ていて、巴の袖を引いた。他の御庭番衆たちも激しく女たちと戦っていて、突っ立っているだけでも危険だ。縁は言った。

「ねえちゃん、逃げよう。こいつらなんかほっといて。」

巴は「えっ。」となったが、「なりません。」と厳しく答えた。

「私も戦います。」

そう言って、巴は懐刀に手をかけた。

「だめだよ、ねぇちゃん。」

「でも。」

巴から一間ほど離れた場所で、火男と式尉が霞衆の女たちと戦っていた。火男は火炎を吐いて、巴たちに女たちを近づけまいとしていたが、女の一人が鎖分銅で火男の首に攻撃を仕掛けた。
「てめぇっ」
猩々と癋見が、素早く螺旋鋲を放った。女の一人が苦悶の声をあげて倒れた。
「やった。早く、こっちへ。」
猩々は癋見と、巴らが街道筋から山肌を降りた茂みに隠れるように誘導しようとしている。
「うまいぞ、猩々。その調子じゃ。わしもすぐそっちへ行く。」
寂庵はそう言い、巴らの方へ行こうとした。しかし激しい斬り合いを続けながらなので、女をまくことがなかなかできない。
その時だった。蝋外が寂庵の前に躍り出たのは。蝋外は叫んだ。
「しゃらくせぇっ。何を手間取ってるんでぇっ。」
寂庵はからくも蝋外の一撃をかわした。肩の袖を切られている。
寂庵は叫んだ。
「いかんっ。蒼紫っ。」
寂庵が危惧したとおり、蝋外は巴の方に向かって行こうとした。巴はあわてて刀を抜いた。蝋外は歯をむいて笑った。
「なんでぇ女。歯向かおうってぇのか?」
蒼紫は葉霞と対峙しながら、これらの状況を察していたようである。「もらった。」と蒼紫の剣先がそれたと見て葉霞は叫び、大上段にふりかぶり、蒼紫の眉間目がしてふりおろした。しかし。
葉霞が切ったのは、木の枝だった。葉霞はいい枝ぶりの幹がとん、と地に落ちたのを見て目を見張った。
「なにっ。変わり身?!流水の動きかっ!」
黒髪をざんばらと振り乱して、葉霞は巴たちの方を向き直った。蒼紫の気配がそこ目がけて移動している――葉霞はそれを感じた。
「そこっ!」
葉霞は腰の小太刀を抜くと、ひょう、と蒼紫の気配目がけて投げた。そこに蒼紫の実体があるはずだった。
「あ、葉霞さまっ。」
女の一人、麗月が葉霞の刀に串刺しにされて倒れていた。蒼紫はもう蝋外の目の前に立って、巴をかばうべく剣を受けている。
「貴様っ、よくも!」
葉霞は瞬間憤った。飛び退るように蒼紫に向かって突進し、剣を逆手に持ち換えると、巴の前にいる蒼紫の胸目がけて、旋回させた。その瞬間、蒼紫の影からはずむように小さな影が出て、葉霞の剣を受け流した。

「猩々さんっ!」

巴は思わず叫んだ。猩々の肩が斬られて血が噴き出していた。猩々は転がる体を立て直し、剣を構えなおしにらんでいる。葉霞は肩で息をついて叫んだ。

「とんだ邪魔だね。蒼紫っ。」

とその瞬間、蒼紫の蝋外に対しての剣が右腕に入った。しかし剣の入りは浅い。

「うぉっ、てめぇっ。」

蒼紫は剣を突きつけて言った。

「・・・・去れ。」

「そうはいかねぇぞ・・・・。」

その時、彼方から呼子の笛の音が聞こえた。ばらばらと、黒い影がこちらに向かって突き進んで来る。葉霞は眉をひそめた。

「真田忍軍・・・・あの鬼姫か。まずいね。兄さん、ここは引いた方がいい。」

「なんだと。」

蝋外が腕を押さえながら言った。葉霞は答えた。

「あんたも怪我しただろう。麗月と霜月を殺(や)られた。こいつはまたの機会があるだろう?」

「仕方ねえな。おい、青二才。おとといおぼえとけよ。」

彼らがばらばらと立ち去った後、女の死体がふたつと、うずくまっている猩々と蒼紫たちが残された。

「猩々さん、しっかりしてください。」

巴が持ちよりの手ぬぐいの布を口で裂いて、手当している。その時蒼紫たちの横に、二頭の馬が駆け寄り、その一頭に乗る振り分け髪の美少女が声をかけてきた。

「久しいね。蒼紫?その人は?」

面白げに少女は見降ろしている。黒い忍び装束を身につけている。蒼紫はしかし喜んだ様子ではない。口を開いてこれだけを言った。

「・・・助けてもらったことは礼を言う。」

「そうかい。わけありみたいだね。怪我をしているやつがいるみたいだから、うちの館に来るといい。」

少女はそう言うと、早足で駆け去った。

「お頭・・・・。」

癋見が不安そうに言った。般若は続けた。

「真田のところに寄るのは危険です。」

蒼紫は言った。

「行かなければあとがまずい。ここはあれらの緩衝地帯だ。」

巴が不安そうになったのを見て、寂庵が引き取った。

「なに、新宿(しんやど)に寄るようなものじゃ。あんたは心配召されるな。」

「はい・・・。」

一行は先導する真田の忍びたちの影について歩き出した。巴は、自分が次第に目的とははずれた道を歩き出しているような気がしてきた。しかし横を歩く蒼紫は無言だったし、巴から話しかけることもできなかった。巴はそれがつらいと思った。

 

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