暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

道行 (一)

蒼紫はまだ年若いいでたちで、ある山の峠近くの薄暗い小屋の中で、先代と後に呼ばれることになる老人と囲炉裏の火にあたっている。外は吹雪である。不意に、小屋の戸が風ではなく、はたはたと鳴った。

「あけてあげなさい。」と、先代が言うのに、蒼紫は戸のつっかい棒をはずした。

粉雪の風とともに、二人の親子連れが小屋の中に入ってきた。

菅傘をかぶった、旅装束の母親と娘だ。ひどく疲れている様子だった。蒼紫は戸をすぐに閉めた。

「火のそばに来なさい。」と、先代は二人に言った。

「はい。お世話になります。」

母親は頭を下げた。傘をはずしたところを見ると、品のある顔立ちの婦人と娘だった。

蒼紫はその様を見て、武家の出であろうと検討をつけた。しかし、華美とは程遠い装いの二人だった。下級武士の家の者なのだろう。先代は言った。

「その子はだいぶ疲れているようだ。蒼紫、水を飲ませてあげなさい。」

蒼紫はうなずくと、腰にぶらさげた竹筒の口をはずして、娘にさしかけた。

母親は「すみません」と言うと、筒を取って娘の口元に持っていった。

しかし娘はごほごほと咳き込んで、水を飲もうとしない。先代は蒼紫に命じた。

「熱があるようだ。丸薬を。」

「はい。」

蒼紫は今度はふところの丸薬の入った袋から、熱さましの薬を取り出して母親に渡した。母親はまた頭を下げた。

「まあ、すみません。こんなにもお世話をしていただいて。」

先代は目を細めた。

「何事でもありませぬ。それより、みどもは脱藩ですか。」

母親ははっ、と顔を青ざめさせて言った。

「いえ、違います。私どもはこれから江戸に帰る途中でございます。」

蒼紫はその頃は江戸から離れていたので、江戸に帰るこの親子を懐かしく思った。

そして熱があるらしい娘の様子をうかがった。

黒髪を短く切ったその顔は、たいそう愛らしい娘だった。蒼紫がその頃見たどの娘よりも色が白い。そして、蒼紫のほうを見て「ありがとう・・・・。」と一言返事をしたそのさまは、本当にかわいいものだった。

しかし、自分はこの娘のことを忘れてしまうのだろうな、と思った。

と、その時───娘が母親の手を引いて言った。

「あのガラスの細工を、父さまによく見せてあげてください・・・・。」

「ここにおられる方は、父上ではありませんよ。」

「母さま、お願い・・・。」

蒼紫は父親と間違えられているのだ、とは思っていたが、母親が娘の言葉に取り出した袋から出た代物で、その記憶は決定的なものになった。

緑色に光っていたそのガラスは───。

「これで気がすみましたか。」

娘は小さくうなずいた。そしてかすれ声でつぶやいた。

「父さま、勝手におもちゃにして持ち出して遊んで、ごめんなさい・・・・。だから早く帰ってきてね・・・。」

「熱が高いのね・・・・。」

母親は小声でそう言うと、すぐにガラスのかけらを元にもどしたが───。

そして先代はなぜ「脱藩ですか。」と声をかけたのか。そしてその娘が巴だとしたら、縁は何故いないのか。まだ生まれていなかったということなのか・・・・。

 

 

 

 

はっ、と蒼紫は目を覚ました。

今彼らは中山道のはじめの宿場、武州街道の蕨あたりを歩いているところだ。彼がいるのは、その旅籠の二階である。まだ今は平和な道行だった。巴は下の間で弟の縁と休んでいる。もちろん、彼ら御庭番衆は地味な庭師のいでたちで街道を歩いており、旅の目的も伊勢講に出席するためというふれこみである。次の宿場町まではいよいよ上州の山の中だった。彼らを追う葉霞たちはまだ街道筋には現れてはいない。

「若、おはようございます。」

般若が蒼紫のいる部屋にやって来た。例の般若の面はつけたままである。般若の面は見た者のだれもが不気味に思ういでたちだが、狼藉者がこのような歌舞いた面をつけているのは江戸ではよくある事であり、般若もそういうつもりで面をつけている。この般若を思ってか、猩々も同じように能の面をつけている。猩々緋の面だ。山猿に似ている自分を揶揄しての行為であろう。

彼ら御庭番衆はそういう風に、自分を演出するのは得意であるが、そのことについてお互いに問答することはなかった。特に蒼紫の元に集まった者らはそのような個人主義者が多かった。蒼紫自身がそういう性格なのも影響しているのであろう。

般若は言った。

「あの娘を単独で見張れと頭目(先代のこと)から命じられてから半月。このような妙な事態になるとは思いもよりませんでしたな。」

蒼紫は答えた。

「瑠璃波硝子が上様が最近ご執心であるとのことで命じられたことだが、本当はそうではないだろう。あの娘がいた藩の醜聞の後始末ということだな。しかし、目的の峠でその朱印状を見つける前に、あの二人はすみやかに逃がす手はずを取れ。御庭番衆とかかわりがあったということも、すべて消すのだ。」

般若は黙って聞いていたが、少ししてぽつりと言った。

「残念なことですな。」

「何がだ。」

「若にしては江戸にいた頃、熱心にあの娘が婚約者と往来に出るのを、忍んで観察しておられた。確か車夫に化けて往来で見ておられました。今も行動をともにしているのは、願ったりかなったりではないかと。」

「貴様も頭目と同じ言い様をするのか。」

般若は少しおっくうな姿勢になった。そしてあわてて取り繕うように言った。

「何も、私はただ、蒼紫様が普通の人間らしく見えるので、よいと思って言ったまでです・・・・。」

蒼紫は般若に取り合わず、話題を変えた。

「ところで、葉霞たちのほかに、誰が追手になるかわかるか。」

般若は驚いた。そして、やはりそこまで考える蒼紫を頼もしく思った。般若は答えた。

「さあ・・・・真田の里はここから近いですがな。真田忍軍やもしれませぬな。」

「そんなやつらは来ないだろう。おそらく西の御庭番衆だな。」

「翁のところですか。」

「翁は動かん。しかし巴は翁のいる京都に連れ去られる可能性が高い。用心しないといけないだろう。」

「では・・・。」

「巴を連れ去るのは、『闇乃武』だ。」

般若はひやりとした。こういう時の蒼紫は問答無用である。蒼紫は続けた。

「頭目の西の遠征部隊のひとつだ。われらの任務とは別に、巴はやつらに京都に間者として送り込まれるはずだ。それを阻止せねばな。そして───われらとはかかわりのない土地で、この幕府の始末事にもかかわらずに静かに暮らせるようにしてやらねばならん。」

「御意。」

般若は思った。蒼紫は頭目とこのような熾烈な争いを水面下で続けている。これでは蒼紫の身の上は本当に心元ない。しかし自分は蒼紫に大恩のある身の上、背くわけにはいかない。今回のことも、長年蓄積された二人の間の軋轢が生んだことだ。巴はその発端にすぎない、と。

「今日は幸い、いい天気でございますな。この先の横川の関所と碓氷越えは、のんびりと行きたいものです。」

般若は蒼紫の意気込みをそらすように、わざと天気の話題をふった。蒼紫は答えずに部屋を後にした。

広告を非表示にする