暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

挽歌 (五)

「貴様ら、我が屋敷を何と心得る。やりたい放題、許すべきものにあらず──。」

巴ははっとなった。老人の声だった。しかし、その声は冷たいものであった。次の瞬間、朱膳の体は巴の前からぱっと後ずさった。

あやういところで、朱膳は老人の高速で走る剣から、からくも退いたのである。葉霞もはっとなった。

「御庭番衆御頭っ。まさか。」

蒼紫と斬り合いをしていたところを、葉霞も退いた。老人は言った。

「そのまさかじゃ。その方ら、神妙にいたせ。さて蒼紫、お前のその様はなんじゃ。これはどうしたことかな。」

老人は黒衣の忍び服から巴の香袋を取り出した。巴は驚いた。蒼紫に渡したはずのものは、この御庭番衆御頭と呼ばれる老人の手に、何時の間にか渡っていたのだった。

「貴様らこれが欲しいのであろう。渡さぬ。今は見逃してやる。去れ。」

御頭の老人はそう言った。蒼紫は目を見張った。

──「去れ」、だと。

それは断じて受け入れられない命令であった。蒼紫はこの、葉霞たちの攻撃については予測していたし、彼等を一網打尽にするつもりで屋敷の中で潜伏し篭城していたつもりだったのである。しかし先代と後ほど呼ばれたこの老人は、何もかも蒼紫の予定を今覆してしまったのだ。

蒼紫が見ているが早いか、葉霞たちは老人の指揮で殺到してくる御庭番衆の雑兵らを尻目に、屋敷からさっと逃げ出した。

「老人、甘いな。」

とだけ、葉霞は言ったが、それも彼女の口元を隠したマスクにさえぎられて、聞えるか聞えないかの声であった。

老人は葉霞らが去るのを見届けると、蒼紫に向き合って言った。

「さて・・・・蒼紫。貴様には言いたいことがわしにはたくさんあるのだが・・・・その女を見張れと言ったわしの言葉も貴様には伝わらなかったようじゃな。この石はしかし、今貴様に渡す。」

「御頭!」

と、老人の脇にいる忍びの男が声を荒げた。しかし老人は続けて言った。

「わしが貴様に命じてやる。貴様にとっては喜ばしいことであろうな。やつらの巣を突き止めた。中山道にある山の峰にある。そこまでその女とともに、やつらを追え。そして証拠の品を持って帰れ。貴様の部下をつけてやる。万が一にもしくじった時には貴様の命はないものと思え。雪代巴。」

巴は呼ばれてこわばった。

「は・・・・はい・・・・。」

「貴様は蒼紫とともに行くのじゃ。元はといえば、貴様の父が犯した誤りじゃからな。その責任を取ってもらう。貴様には働いてもらうことは、他にもたくさんあるからな。」

巴はこの時、その道中がどういうものであるかは想像できなかったので、蒼紫とともに行くことができるのはかえって僥倖であると思った。それでどきりとしながらも、顔は平静に保って答えた。

「はい。」

巴が気丈に答えたのにも、老人は何も思わなかったようだ。

──この方のお心は、目には読めない・・・・・。

巴はそう思った。冷たい感情の読めない灰色の目であった。老人は言った。

「支度をしろ。明朝にはこの屋敷を立て。宿はかねての手はずのところに取れ。連中は貴様らの邪魔をするだろうが、おいおい倒していくのじゃな。では。」

老人はそう告げると、忍びの者らに「解散」と告げ、奥の間に消えた。

蒼紫らの組の者は老人たちが消えると、寄り集まった。般若は蒼紫に向かって言った。

「若!これははめられましたぞ。」

般若は言った。

「我々のことは、邪魔になったのです。だから、我々だけで街道を下るように言われた。これは罠です。」

蒼紫は答えた。

「言うな般若。行くしかあるまい。」

「その女子供も連れてですか?大変な旅になりますぞ。」

「もとより承知だ。」

「この屋敷でやつらを討ち取って、その姉弟を逃がす手はずが・・・・。」

般若の言葉に、蒼紫は口元まで出かけた言葉を飲み込んだ。籠城策を取ったのは、ひとえに巴たちが忍びとして動けないからであった。しかしそれを彼は口にしたくなかった。ひたすら自分が甘かったのだと、忸怩たる思いであった。

般若と蒼紫の会話を聞いて不安になった巴たちに、寂庵が声をかけた。

「なに、うまくいけばおまえさんがたは、途中で逃げればいいんじゃ。そうなるよ、きっとな。」

巴は無言でうなずいたが、それはできないこととも思っていた。

父の話、あの鉱石の話を聞かされた今、自分は責任を取らなければならないと彼女は気丈にも思い込んでいたのである。

そして、縁は黙っていたが、この場のやりとりを聞いて、何故姉はここから逃げ出さないのであろうかと思い、幼いながらもその不満心を心に渦巻かせていた。彼にとっては姉が蒼紫の言うことを唯諾々と聞いている理由は、「それ」しか思い当たらなかった。姉は、どうやらこの蒼紫という男がたいそう気になっている様子なのである。

──今だってまた失敗しやがったのに。こんなやつ。

と、縁は思っていた。だいたい今も、あのいかめしい老人に、鉱石の袋を掏り取られていたのだ。

──間抜け。それにこの寂庵さんて年寄りも、調子のいいことしか言わないじゃないか。

縁はそう思った。そして、蒼紫らと一緒に行くのはご免だと思ったのだった。

しかし縁はそれらのことを見誤っていたのである。

寂庵は巴らを寝床に促したあと、血のりの落ちた月の照らす部屋を見ながらぽつりと一人ごちた。

「無残やな、兜の下のきりぎりす・・・。蒼紫殿、こたびの旅はあなたにとって、その生涯を決める旅になるやも知れぬ・・・・己のこともまた、己にはわからぬもの・・・・。」

寂庵はもちろん、彼等の旅に先代の追っ手と監視がつくことを考えていた。そして、蒼紫の本当の胸の内も、彼にはわかっていたのである。

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