暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

挽歌 (四)

巴はその夜、床についていた。なかなかその夜は寝付かれなかった。寂庵の言った父の仕事、そして母の形見を蒼紫に預けてしまったこと・・・・・それらが巴の心をちりちりと焦がし、揺さぶり続けた。やはり蒼紫に渡すべきではなかったのではないか?自分は軽はずみなことをしてしまったのではないか・・・・・。いや、蒼紫は信用できる人物なのだ。しかしそれは考えてみれば、寂庵から言われたセリフだけにすぎない。

不安から巴は起き上がった。巴は体はあまり丈夫なほうではなく、よく生理痛に苦しめられることがあった。その日はたまたま、その日であった。夜中に布団から起き上がり、手許の燭台に火をつけると、巴は武家屋敷の廊下を静かに歩き出した。庭が見渡せる廊下まで出たときだった。

 

「ねぇちゃん、ねぇちゃん。」

 

庭の木々の間から、縁のかぼそい声がした。あやうく燭台を巴は取り落とすところだった。

「縁!どうしてここが?」

縁が駆け寄ってくるのを、巴は抱きとめた。

縁はうれしそうに言った。

「もう大丈夫だよ。俺があいつらに言ったんだ。ねえちゃんは、証拠の品を持ってるって。それで出るところへ出れば、ねぇちゃんと婚約したから清里さんが殺されたというのは嘘だって、奉行所に言えば納得してくれるって──。」

「縁・・・・。こちらへ来なさい。」

巴はあわてて、縁を廊下の隅へと導いた。

そこで巴は諭すように言った。

「あなたは敵の手から逃げてきたんでしょう?あの人たちは悪い人だと思うの。」

「だって、そう言ったんだぜ、その、葉霞さんが・・・・・。」

「葉霞さん?」

「そうだよ。すごく強い女忍者さ。なんでも知っているんだよ。その人がそう言ったんだ。葉霞さんは、こっちの御頭に率いられたやつらのことも知っていてさ。若頭の蒼紫って野郎がねぇちゃんを以前に見ていたことがあるって言ったんだ。ねぇちゃんは、そいつに以前から狙われていて、今だまされてるよ。」

「どういうことなの?」

「葉霞さんは、その、若頭と寝たことがあるって言ってた・・・・どういう意味かな?俺よくわかんないけど・・・・。知ってるって。」

「縁、黙りなさい。」

巴はそこまで聞くと、縁に厳しく言った。

「蒼紫さんたちは、いい人たちです。あなたも助けようとしていたのですよ。」

縁は駄々っ子のように言い返した。

「そんなはずねぇよ!ねぇちゃんが、奉行所の命令で吉原で働いていたのを、邪魔しに来たんじゃねぇか。」

「縁、そうではなかったでしょう。一体あなたは何を言ってるの?」

巴は唇をかんだ。縁はどうやら、葉霞という名前の女忍者に手なずけられたみたいなのだ。しかも縁の話では、その葉霞という女は蒼紫とそういう仲みたいなのだ。巴はふらり、と目がくらんだ。何故蒼紫を信じようと思ったのだろう、と思った。しかもガラス石は今、蒼紫の手にある。巴は念のために尋ねた。

「縁、証拠の品というのは、その、緑色の光るガラスのことですか?」

「うん、そうだよ。それさえあれば、許してもらえるって。」

「今、私の手許にはありません。」

「ええっ、なんでだよ。」

「蒼紫さまに預けました。」

「えっ・・・・・なんだって?なんでそんなやつに渡したんだよ。あれかあさんたちの形見なんだぞ!」

「わかってる・・・・わかってるわ縁。でも、これには事情があるの。」

と、そこまで巴が言ったときだった。

 

「女、説明ご苦労さまだな。私たちと一緒に来てもらおうか。」

 

と、声がして、黒い影が数名庭に降り立った。

笹葉霞の配下の者たちだった。そしてその中心に、葉霞が立っていた。

「上役の頭の固い連中を、説得するのには骨が折れたよ。あんたさえこちらの物になればいいのにさ。この・・・私の持っているガラスの破片と対になっているあんたの物、それが必要なだけさ。」

巴は目を見張った。女は漆黒の長い髪をしていて、冷ややかな光を目に宿していた。

「あなたが、葉霞・・・・・。」

「そうだよ。あんた、婚約者が死んだのはみんなあんたのせいさ。ま、長州の男に斬らせたんだがね。幕府が。」

「そんな!」

「まわりくどいやり方をするのが幕府のお役人たち・・・・あんたも覚えておくんだね!さあ、こちらに来るんだよ。弟の命が惜しければ・・・・。あんた自身の命もだ。」

巴は縁をかばうようにして、縁におおいかぶさった。

「弟と私をどうする気なのです?」

葉霞は笑って言った。

「出るところに出たら、後は用済み・・・。というか、あんたたちがそのままで生きていたら困るのさ・・・・・○○藩と幕府がその、裏で協力して光るガラスを作っていたとわかれば、薩摩がだまってはいないのさ。倒幕のための証拠品がひとつそろうことになるんだからねぇ・・・・。そうだろう、朱膳のダンナ?」

「ああそうだな。」

今度は木陰から、一人背の高い男が出てきた。手には長刀を手にしている。葉霞は朱膳に言った。

「まだ殺すんじゃないよ。縁、ねえさんをうまくおびきだしたじゃないか。誉めてやるよ。ま、その働きさえあれば、私たちとうまくやっていけるかねぇ。女、素直になるんだ。」

巴は叫んだ。

「いっ、嫌です。あなたたちには絶対に渡しませんから。そのガラス石を使って、また悪事を働くんでしょう?」

葉霞は答えた。

「悪事だって?私たちは、あんたたちを幕府の追及から救ってやろうとしているのがわかんないのかい?」

「まったくバカな女だ。」

横に立つ朱膳も笑って言った。しかし巴にはわかっていた。この者らにあの石を渡せば、寂庵の言うように、この危険なガラスを誰かが製造するのを再開するはずなのである。それはいけないと巴にはわかっていた。その話をしたときの寂庵は本当につらそうであった。また、蒼紫も「危険だ」と言ったのはそれに違いなかったのである。

──でも、大丈夫。私はどうなっても、あのガラス石は蒼紫様が持っておられます。

巴はそう思った。

「弟を返していただきます!」

巴はそう一声言うと、縁の手を引いて屋内へとだっ、と駆け出した。

「ちっ、追うんだっ。この屋敷の中を、あたしたちが知らないとお思いかい?」

葉霞はそうどなると、腰の刀を引き抜いた。しかしその瞬間───。

苦無が三連、葉霞の頬の横すれすれに飛んで木の幹につき立った。

「──蒼紫っ。」

葉霞は叫んだ。

「そこかいっ。」

葉霞はあやうく剣を交差させた。蒼紫が二刀を手に向かってきたのだった。

「やはりあの女が大事なのかいっ。」

激しい斬り合いが起こった。その間にも葉霞の手下の麗月たちが、屋敷の中に入っていく。そこへ蒼紫側の般若と式尉たちが、それぞれの武器で立ちはだかった。

「癋見に猩々、巴と弟を確保しろ。」

蒼紫が葉霞と渡り合いながら、癋見に言った。

「ひぇっ、わかりましてでござる。」

あわてて答えた癋見と猩々は屋敷の奥の襖を蹴破った。巴たちはその間、座敷の中庭の隅に息をひそんで隠れていた。

「あそこだ!」

猩々が言うより先に、葉霞の手下の者の三人が巴たちを取り囲んだ。

「さて、女ども、私がその女に引導でも渡してやるかな。」

剣を抜いた朱膳が、女たちの輪の中心にいる巴に近づいていた。朱膳は言った。

「圧倒的不利じゃないか。割り印の鉱石は持っているんだろうな、女?」

巴は縁を抱きかかえて守りながら、朱膳に答えた。

「知りません。あなたに渡す物は、わたくしにはありません。」

「ほう。殊勝な物言いだ。○○藩の幕府よりの朱印状を隠している金庫の鍵、貴様は持っているはずだが・・・・。」

「・・・・・・・・。」

巴は無言で相手を見ている。庭のほうで蒼紫が葉霞と渡り合っている。わたしも何かしなければ、と巴は思うのだが、縁を守ってかばっている今、それは不可能である。このまま私はこの男に斬られるのだろうか───。でも縁を守れば本望だ。巴はそう思った。───その時。

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