暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

挽歌 (三)

「そのガラス石だが。俺に預からせてくれないか。」

声に巴ははっとした。蒼紫がいつの間にか、彼等の座っている板敷きの隅に立っていた。

巴は蒼紫に会って以来、その顔を見るとドキリすることが多かった。彼は、思いたくないが背格好や顔立ちが亡くなった清里に少し似ているのである。清里よりも頭ひとつ高いのが蒼紫であった。そして、清里は蒼紫ほど陰気で美形な青年ではなかった。

──不埒な・・・・。

巴はそんな自分を、心の中で責めていた。ただ、蒼紫に橋げたの下で助けてもらったことは、今でもはっきりと巴は覚えている。まさに巴からすれば神業のようであった。橋の上の男の投げた縄は、縁だけでなく巴にも巻きつこうとしていたのである。その一瞬の間隙を抜いて、蒼紫は巴をさらったのである。蒼紫の失態とこの寂庵は憤ったが、巴にしてみれば、それだけの働きをしてくれた蒼紫という人は、命の恩人に間違いなかったのである。

巴は少し頬を赤らめながら、蒼紫に石の入ったぽち袋を胸から出して差し出した。藍色の布地に、刺し子で花の模様が細かく入っている。口には赤い縄編みの紐と鈴がひとふりついていた。どこから見ても、ただの子供のお守りのようなものであったが、蒼紫は一瞬目を見張るようにした。彼はその何の変哲もない袋に、何か見覚えがあったようなのである。しかし蒼紫は無言で受け取った。中を蒼紫はあらためた。緑のガラスの破片が出てきた。

蒼紫は日にかざしてみたが、昼間の光では発光などしない。可憐な小さな葡萄の房が、文様で浮き上がっていた。何かの瓶の破片のようであった。

さらに袋を振ってみると、中から鉄錆びの浮いた鍵がひとつ出てきた。

「葡萄の模様か。海外への輸出品かのう。それとその鍵は、大切なものみたいじゃの。」

寂庵が横あいから言った。

奉行所ではこれのことは聞かれなかったそうじゃな。」

「はい。たぶん、知らなかったのだと思います。」

「うむ。ま、そうかも知れんがな。やつらの腹の底はわからんからな。」

寂庵はそううなった。蒼紫は冷静に言った。

「たぶん研究した書類入れなどの鍵だろう。持っているだけでも危ないものだ。」

蒼紫はそう答えると、それを服の中にしまった。

「確かに預かっておく。」

「はい。」

「いずれ必ずあなたに返す。今は危険だ。」

蒼紫はそう言うと、向こうに行ってしまった。

巴は口の中で「あ」と言ったが、元来声の小さい巴の声は、蒼紫には聞えなかったようだ。

「あの方が若頭・・・・というのですか。」

巴はしばらくして寂庵に聞くと、寂庵は顔をほころばせた。

「名を四乃森蒼紫と言うてな、少々暗い男じゃが、あれは誠実な男じゃ。心配めさるな。ここにいる、若頭付きの下働きは、みんなあの男の味方じゃよ。」

「そう・・・・ですか。」

巴は少しはにかんだ表情になった。蒼紫と自分をつなぐものができたのが、彼女はうれしかったのである。

──清里の時はこんな風に思ったことはなかったのに。遺品のかんざしをもらった時も・・・・。

そう思うと、自分の心の動きが巴はよくないと思うのだった。あの遺品をもらった時、どうしてうれしいと顔に出さなかったのだろう。ただ、「ありがとうございます」と目を丸くだけしたのだろう。

──それは、私が清里を愛していなかったから。

と思うのが、巴はとてもつらい。もしそうだとすれば、自分は人非人だと思う。自分が冷たい心の持ち主だと思うのが悲しい。しかし、巴の心は波立たなかったのは事実だった。そして、今蒼紫には心がさざなみ立つのであった。

寂庵はそうした巴の気持ちがわかるのか、一句芭蕉の句を読み上げた。

「『かさねとは 八重撫子の名なるべし』 ───じゃな。おっとこれは弟子の曾良の句じゃ。芭蕉は───『しばらくは 滝にこもるや 夏の初め』 ───じゃな。あんたもしばらくはここで休んでおりなさい。上のほうの騒動が静まってから、弟と一緒にこっそり旅に出ればいい。これも宿世の縁と思ってな。」

「はい・・・。」

巴は寂庵の心遣いが身にしみてうれしいと思った。

広告を非表示にする