暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

挽歌 (二)

そのころ、巴は小早川から江戸城近くの御庭番衆の番舎のほうに居を移されていた。小さな中庭がある、小ぢんまりとした邸宅である。真ん中に何部屋かの道場と茶室を備えている。巴はそこの、奥の間に通されていたが、縁についての質問には誰一人として答える者はなかった。ただ、彼女を救出した般若や癋見、猩猩たちとは、剣の練習をするように言い付かったので、打ち合いの練習はしている。蒼紫は姿を見せなかった。そして、あの声の老人も同様だ。ただ、寂庵は巴の身を心配してくれていた。今日も稽古場に彼は来ていた。しかし寂庵は稽古はつけなかった。自分があれほどの手錬であるのを、寂庵はどうもいいものと思ってはいないようなのだった。巴の稽古についても、眉をひそめた顔で見物していた。

「寂庵さん。」

巴は着物の袂を直しながら、見ている寂庵に言った。

「寂庵さんは、稽古はつけてくださらないのですか?」

「ああ・・・・あんたはそこそこ腕が立つからな。それより・・・・。○○藩にいたという話は本当かね?」

「ええ・・・・江戸に来る前にはその藩にいました。父は最初は瑠璃波硝子の職人の仕事をしていました。」

「そのガラスの破片か。あんた、それは大切にしまっておいたほうがいい。」

「はい。」

巴は本当は縁の消息を知りたいのである。じりじりと焦がれるようなその思いがあるのを、じっと耐えて御庭番衆の言うままに道場で修練に励んでいるのだった。きっとなんとかしてくれるはずだ、と巴は思っている。私を救いに来た人たちなのだからというのが、その理由なのだが。

寂庵は道場の板敷きのへりに座って言った。巴もそこに腰をおろした。寂庵は尋ねた。

「婚約者の清里明良とは、そのころからの幼馴染かね?」

「はい・・・・彼とは江戸に来た時に知り合いました。いい人でした。」

「いい人か・・・・。で、あんたはその仇を討とうとしている。」

「違います。私は幕府の役人に言われて・・・・奉行所の方たちでしたが。偵察を働くように言われたのです。」

「うん。じゃがこの御庭番衆の御頭も、あんたを勘定方に突き出すつもりでいたんじゃよ。」

「どうして今は、この館に?」

「その、石じゃな。あんたは持ってないことになっとる。わしがそう言えと蒼紫に言った。」

「蒼紫?」

「若頭じゃよ。あんたはそんな石は持っていないことになっとる。」

巴はびっくりした。

「では、絶対に私はこれを持っていることを、誰にも見せてはならないのですね?」

「そうじゃな。そうしないといけないじゃろう。」

寂庵はそういうと、目をしばたかせた。

「その石は自然に光るのじゃろう?」

「はい。仕組みについては知りませんが・・・。」

寂庵は大きくため息をついた。

「それをアメリカに輸出しようとしたやつがおるんじゃ。失敗したがの。そのガラスを吹きガラスで作る際には、鉱毒が体内にたまるんじゃよ。恐ろしい光じゃ。それで精錬所は荒れた。最後には放棄され、関係者は放遂された。あんたのオヤジさんはその一人じゃよ、おそらくな。」

巴は目を丸くした。

「そんなことをどうしてあなたさまが?」

「わしは幕府の蘭学所に勤めていたこともあるんじゃよ。そこでも研究されていた・・・・洋物の事物でらんぷがあるじゃろう?あの代わりにならんかと言うてな・・・・・。」

「はい。」

それは巴にもかすかに思うことがあった。いなくなった父の研究。母は、自分を連れて雪山の峠を越えていった。幼い頃のその記憶────。

「それで父は・・・・海の向こうに旅立ったのでしょうか・・・。」

巴はやっとのことでそれだけ言った。寂庵は答えた。

「いなくなったあなたの父親の消息か。それは残念ながら、わしにはわからん。ただ・・・・あんたのことだが、それが関係して今この屋敷にかくまうことにしている。いずれあんたは、東北にでも弟と旅立たせるつもりじゃ。」

巴ははっとしたが、勤めて冷静に言った。

「北に逃げるのですか。」

「そうじゃな。芭蕉のたどった道じゃ。あんたには気の毒じゃが・・・・・。その○○藩がそのガラスを作っていたという確証が幕府は欲しいんじゃよ。ご禁制の品じゃからな。そして、幕府もその研究を再開したいと思っている。欧米に高く売れるのが、先ほどの黒船の騒ぎでわかったからな。あちらの国ではそのガラス製品の愛好家が結構いるそうなんじゃ。だから、あんたのその破片だけでも、幕府には重要なものなのじゃよ。」

「そうですか・・・。」

と、そこへ式尉がやって来た。

「おお、式尉、おまえも一言言ってやりなさい。おまえが薩摩藩からこの御庭番衆になったいきさつじゃろ。」

式尉は鷹揚に答えた。

「ああ・・・・・あの幕府ご禁制のガラス食器ですね。」

「そうじゃ。薩摩切子のガラスというと、薩摩藩の独檀場だからのう。おまえさんもそれを探るために、江戸城に忍びこんだんじゃろう。薩摩藩では密貿易で、たくさんガラスを輸出していたからの。」

「ええ、そうです。若頭に倒された時もそれをさぐっていたんです。あんたもその縁者だから、若頭に助けるように言われたんで、あの場にいたんですよ。」

巴はやっと光明が見えてきた気がした。

ただ、ひとつ気になることがあった。

「夫になるはずだった清里ですけど・・・・まさかそれに関係して京で斬られたのでしょうか。」

「それはわからんよ。」

寂庵は言った。

「ただおまえさん、その破片を持っていて、しかも清里殿の仇という負い目があるのを、幕府が見過ごすとは思えん。あんたに何かをやらせるかも知れん。わしたちは、それを阻止したいのじゃ。あんたには自由にこの地から離れてほしいんじゃ。」

「お話、わかります。私もそうしたいのです。ですから、弟の消息を早く───。」

巴がそう言った時だった。

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