暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

秋鈴

2.秋鈴

高い雲の下の峰の先に、巴は長い槍を持って今立っている。

――来るわ・・・・。

印を結んでから、槍に手をかけ、虚空をキッ、と巴はにらみすえた。

蒼紫の手裏剣は何処から飛んでくるかわからない。

と、その時空間を引き裂いて、手裏剣が雨のように乱れ打った。

巴は敏捷にはねてよけた。

蒼紫の姿はまだ見えない。

――あの方は、風上には立たない。ならば。

巴の息が乱れる。槍は三段に胴が分かれるようになっている。

槍の胴で手裏剣をすべてはじきながら、巴は前に打って出た。

――そこっ。

巴の槍が、地面に陽炎のように見えた蒼紫の影を突いた。

手ごたえがあったような気がした。

一瞬、巴の槍を握る手が震える。

――ああっ。

「そこで首を落とされる。」

蒼紫の冷たい声が耳元でした。

ガッと体に衝撃が走って、巴の体はざざざと坂道を滑り落ちた。

蒼紫が巴の体を激しく蹴ったのだ。

「ああああっ!!!!」

そのまま下の川に落ちそうになるところを、手首をはっしと蒼紫につかまれた。

「未熟だな。」

蒼紫の冷たい目が見下ろしているのがわかった。

蒼紫につかまれたまま、巴は蒼紫の目の前に吊り下げられた。

巴は屈辱感のまま、息を切らして黙っている。

「俺に助けられて、嬉しいか。」

「・・・・・・・・・。」

「嬉しいと言え。」

「・・・・・・・・・・。」

蒼紫がどういうつもりで言っているのかわからない。

ただ、巴は全身に屈辱感と羞恥心が、蒼紫の言葉で満ちてくるのを感じた。

蒼紫はいたぶるように、言葉を続けた。

「敵はこんなに間を置かんぞ。そこでどうするんだった。」

巴は反動をつけて、蒼紫の体を蹴って地に着地し、槍を投げかけた。

蒼紫との激しい斬り合いが始まった。

小太刀と槍が間髪を置かずに、立て続けに切り結んだ。

巴の心に動揺がさざなみのように沸き起こった。

――この方を・・・・傷つけるなんて・・・私にはできない・・・・できないわ・・・・・。

蒼紫は巴のその様子にすぐに気づいた。

「本気でやっているのか!」

巴の槍は無残に蒼紫の小太刀に弾かれて、宙を舞った。

「まいりました。」

巴は地面に手をついている。

蒼紫は小太刀を腰に差しながら、いまいましそうに言った。

「上忍に報告するには、あまりにも未熟だ。」

巴はすがるように言った。

「でも、苦無ならば全部当てることはできます!先日は、あなたさまもよくできたと誉めてくださいました。」

「敵は人間なのだぞ。動かない的に当てられたぐらいで、のぼせあがるな!」

蒼紫の剣幕に、巴はひっ、と体を縮こまらせた。

――怒らせた・・・・・私はこの方を、怒らせてしまった・・・・・・。

うつむいた巴の両眼から涙が滴り落ちた。

あれから三ヶ月。

はじめは山里での暮らしぶりは、春の宵のようにおだやかなものであった。

蒼紫と結ばれたときは、これでいいのだ、と浮き立つように夢の中を歩いていた巴であったが、それがどうも勝手が違うとわかったのが、技の修練が積んできたこの最近のことであった。

蒼紫は巴と距離をまた置きだした。

巴には不満がある。

まるで蒼紫に女衒のようにだまされたのではないかと思っている。

蒼紫は巴を置き去りにして、向こうに行ってしまった。

――結局・・・・この方は・・・・・私などよりも忍びとしての道を取るのだ・・・・・・。私は風のようにたまたま舞い込んできた女・・・・・たくさんいる忍びの女の一人にすぎない・・・・・。

そして。

その忍びの道の先に、巴の知らない、先代御頭の孫娘がいる。

――悲しい・・・・私は悲しい・・・・・・あなたから愛されたい・・・・昔みたいに・・・・・。

その二人の様子を彼方から見ている者らがあった。

「般若、あれをどう思う?」

「のき猿殿、御頭も必死なのです。」

「ほほう。うぬはあの女気に入らないのではなかったのか。」

「はい。ああいった女は御頭の心根を弱くしてしまいます。現に最近いらだっているのは、あの女のせいです。」

「ふふふ、よくわかっているな。」

「先代の孫娘は私と翁が教育にあたり、御頭の妻の心得をそれとなく言い含めるつもりでございます。」

「そうでなくては困る。」

「しかしどうして、御頭にあの女をまかせるようになさったので。」

「理由か。御庭番衆御頭に疵のひとつもなくては、にらみがきかぬではないか。完璧な従者はいつか牙をむき、主人の喉笛を食いちぎるかも知れん。その首に首輪のひとつも巻いておかねば、こちらも安心して眠れぬというものよ。」

のき猿という男は、覆面の下からそう笑うと、般若の横を退いた。

般若はひとりごちた。

「期日までに仕上げることができねば、あの女は長州の慰み者になるは必定。それをわかって、蒼紫様に近づけた。蒼紫様、それ以上その女には心を移してはなりませんぞ。」

巴は夕闇の迫る、井戸のそばに立っている。

足元には虫のしだく音がさかんにわきあがっている。

――私は・・・・よけいな者・・・・・清里の復讐などもう・・・・・ここにただ、あなたさまのそばにいたいのに・・・・・・・・。

「おまえも、一緒に泣こう。」

ささやくように虫たちに言うと、巴はその場にしゃがみこんだ。

槍の使い方は、少しは巴には自信があった。

少なくとも、べしみ相手には勝つことができた。でも相手が蒼紫では―――。

そして、清里を斬った緋村抜刀斎相手ではどうであろう。

話によれば、飛天御剣流の使い手だと聞く。

それは戦国時代に封印された、恐るべき流派なのだと言う。

でも、と巴は思うのだった。

――わたくしが勝てなかったのは、あなたさまだったからなのです・・・・・・でもきっとそれも、あなたさまにとっては言い訳でしかないのですね・・・・・・。

と、その時だった。井戸の水面に人影が写った。

――蒼紫さま!

巴はすぐさま立ち上がり、振り返った。

蒼紫が無言でそこに立っていた。

「蒼紫さま・・・・・わたくしは・・・・わたくしは・・・・・・。」

あとは言葉にならなかった。

どちらから手をさしのべたのか、わからない。

巴はただ、蒼紫にいだかれて―――。

好きなの―――好きなんです、あなたさまのことが。

だからどうか私をいじめないで―――。

蒼紫は暗いまなざしで巴を抱きしめていた。

愛したい―――愛したいが、これ以上おまえを愛すれば―――。

怖いのだ、と蒼紫は思った。

深淵の淵を覗いているような気がしてくる。

たとえ巴が京で、忍びの女としての術を使わされても、そうでなくしても俺は―――。

巴は完全にその清里という男のことを忘れている。

そういう風に自分には見える。

そうさせているのが自分なのだ、というのは明白なのに、蒼紫はそれが恐ろしいと思うのだった。

緋村抜刀斎という男のことはまだわからない。

しかし、それが二人にとっては不吉な影を落としているように蒼紫には思えた。

巴を抱くという背徳の行為に、いつか天の罰がくだるような気がするのだった。

少なくとも、清里という男は、自分のことを恨んでいるに違いない。

ひょっとしたら、自分を殺した緋村という男よりもだ。

いや、自分にはそんなことは今更どうでもいいのだ。

俺はもうすでにたくさんの、斬り捨てた人間に恨まれて生きている。

だが、巴がその渦に巻き込まれていくのが、蒼紫は恐ろしいのだった。

虫しだく鈴の音だけが、抱き合う二人を静寂に包んでいた。

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