暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

虚像 一

「下の水路が開いたようだ・・・・。」

雪代縁は、遠い水の音を聞きながら、階段を急いでいた。

その様子には、先ほど剣心らと相対した際に見せていた余裕はない。

いや、先ほどは縁の敵に対する威嚇だったのかも知れない。

今や彼は先を急いでいた。

剣心や蒼紫との決着はつける。

それは最初から決めてあるが、どうしても気がかりな事がある。

「姉さん!」

雪代縁は、その一室の重い扉を勢いよく開いた。

中には、あの巴の替え玉の梨花が座っていた。

あの海岸べりの部屋からまた移されたらしい―――地下の一室に彼女は居た。

梨花は、縁のほうを見ないでつぶやいた。

「・・・・・私、あなたのお姉さん、違うね・・・・・。」

「何を言うんだ、姉さん!」

雪代縁は梨花の前にひざまずくと、真剣な顔で手を取った。

真っ白に変わった髪の下から、縁は真摯なまなざしで梨花を見つめて、ささやいた。

「一緒に逃げよう。あいつらを倒した後で・・・・・・姉さんは、俺についてきて。歩くんだよ、隠れる場所に一緒に行こう・・・・。」

「私、あなたのお姉さん、ないね。」

「姉さん、頼む!俺と一緒に逃げてくれ!!!」

梨花は顔をそむけてつぶやいた。

「・・・・あなたと一緒に行くと、お薬、もらえなくなる。」

縁の顔が梨花の言葉に、絶望感にゆがんだ。

「姉さん!!!!」

その時だった、縁の背後に王大人(ワン・ターレン)が立ったのは。

「縁君、君は一体何をやっているのかね?」

「王大人・・・・・。」

王はいつの間にか、乙和瓢湖と戌亥番神らの部下を大勢引き連れていた。

縁は取り巻いた者たちから、梨花をかばうようにして立った。

番神はあざ笑うように言った。

「雪代のダンナの泣き所のひとつだねぇ。アンタ、その女のことは、そろそろ思い切れよ。」

縁はものすごい声で、吼えるように叫んだ。

「うるさいッ!!!!」

王大人は、楽しそうに言った。

「君のお姉さんを思う気持ちは私にもわかるよ。しかし、その梨花は君のお姉さんではない・・・別人だ。」

「あんたらは、姉さんを、抜刀斎に抱かせて、そして殺すつもりなんだ!!!」

「私はそんなことはしないよ。梨花、これをやろう。」

王大人は梨花に向かって、何か黒いものを投げた。

「それで倒せるかな?」

「倒せます・・・・。」

梨花は武器―――鎖のついたヌンチャクを手にしていた。

縁の顔色が変わった。

縁は狂乱して叫んだ。

「貴様らは、姉さんを・・・・姉さんができるわけがないのを知っていながら・・・・・!」

王は諭すように答えた。

「縁君、梨花は大陸で君同様、殺人の訓練は受けているのだよ。ただ・・・・なにぶん、抜刀斎らに対するには心元ない。君が補佐してあけたまえ。いや、これは逆かな?その抜刀斎という男は、この梨花を斬ることもできずに抱いた。その梨花が武器を持って立ち向かってくるのだ。抜刀斎にも十分な隙ができよう。そこを縁君、君が復讐したまえ。私の考えた策は十分な策だろう?」

縁はすぐには答えずに、目をギラつかせて王大人を見上げた。

縁は言った。

「・・・・・・それから、姉さんは、どうなるんだ?」

王大人は、こともなげに一笑に付した。

「君のお姉さんかね?残念なことだが、いずれ近い将来に死ぬだろう。そのことは梨花にもよくわかっている。しかし、その働きが見事であれば、今少しの薬のご褒美がもらえる。そういうことだな、梨花梨花にも怒りはあるのだよ。梨花、君の体を汚した男を、君自身の手で葬りたまえ。」

すると梨花は何という事か、縁のほうを見もせずに、この冷酷な王の言葉に嫣然と微笑んだではないか。

縁は何としたことだろう、その梨花の微笑に見とれた。

それは、彼が長い間欲してやまなかった、死んだ姉の優しい微笑みであった。

白痴のような微笑みなのに・・・・・・鏡に映った姉の笑った姿を見ているかのようだ。

縁は観念したように、つぶやいた。

「姉さん・・・・・・。」

縁の中で、歯噛みするような思いが駆け巡った。

姉さんは、またしても自分の思い通りにならない。

彼の心は煩悶し、今にも気が狂いそうであった。

その時王と縁のこのやりとりに、飽き飽きしたといった調子で乙和がつぶやいた。

「やれやれ。雪代さんは、お優しすぎますねぇ・・・・・その女に殺る気があるんだから、それでいいじゃないですか。」

番神が言った。

「乙和、肩の傷は大丈夫なのか?」

「おかげさまで。下法の医術の何とやらで・・・・。そろそろ敵が工場にまでたどりついた頃合いですね。」

「その前に、外印がやつらの血を絞り取るさ。」

「で、ぼろぼろになったところを、縁さんが撃つ。復讐というものは、これぐらい念入りでないといけません・・・・。」

乙和はそう言うと、クックッと朱の唇をひきあげて笑った。

彼は男なのだが、べったりと唇の上に紅をひいていた。

血の気のない白い顔の上で、赤い口が暗闇に笑っていた。

王大人は、部屋から出ながら縁に言った。

「外印はまず、君の四乃森蒼紫を始末するはずだ。縁君、準備をしたまえ。」

広告を非表示にする