暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

島原 下 二

蒼紫は暗がりに倒れていた。

傀王の放った罠により、地底に埋められたのだ。

彼が間一髪で地底中央部から逃れられたのは、奇跡と言っていいかも知れない。

身についた忍びの術がとっさに働いたのである。

――しかし、若い頃ならば身軽に身を転じて、傀王にとどめの一撃を何も考えずに与えていたであろう。庄三からピストルを奪い。そう――――十二歳ぐらいの俺なら。

何を考えていた。

蒼紫は起き上がった。

最後に奴の首を斬ることだけを考えていた。

それは俺自身のためにではなく、あの盲いた操に捧げるために…。

蒼紫は瓦礫をどけて進んだ。

酸欠になる前にここを出なければならない。

と、そばで呻き声が聞こえた。

「マ・・・・・マグダリヤ様・・・・・・。」

庄三が岩の間にはさまっていた。

横に小夜が倒れていたが、これは無傷な様子だ。

庄三がかばったのだろう、しかしその顔色は真っ青だった。

「こいつはもうダメかもな。」

辰政も忍びの術をもって逃れたらしかった。

蒼紫は言った。

「手伝ってくれ。上の岩をどかす。」

「そんな奴ほっとけって。」

「ここは迷路のようになっている。出口はこの者に尋ねるしかない。」

蒼紫はそう言うと、瓦礫の中から柱を引きずりだした。

「私・・・・手伝います・・・。」

蒼紫が岩の下に柱を入れて、テコの原理で持ち上げようとするのを、横から小夜が手伝った。

「あんた・・・・人がいいのか、悪いのかわかんねぇな。」

庄三が持ち上げられた岩の下から、這いずり出した。

「さっきはなんで、俺に銃を使うなってどなったんだ?」

庄三は片足を引きずっている。あやうくよろけるのを、蒼紫が肩を貸して支えた。

「…洞窟の中は暗い。おまえの銃の腕では、戦っている味方を撃つ可能性があった。」

庄三はため息をついた。

「ずいぶん見限られたもんだな。こっちだ。」

庄三は蒼紫に行く先を、示した。

真っ暗な隋道が前に続いている。

「ここを降りるのか。上へ出るのか、この穴は。」

「…たしか、海岸に続いているはずだ。館へ通じる入り口は、ふさがれてしまった。」

「行こう。」

一同は、歩き出した。

小夜は、自分たちの立場を歩きながら話し出した。

「お兄様は、悪くないのです。私たちのことを少しお話しましょう。」

今から十三年前―――ここ、島原でも幕末の攘夷の風が吹き荒れた。

隠れキリシタンとして長年にわたり信仰を続けてきた、小夜たちの一族も、一朝夜のうちに追われる身となったのであった。

「私たちの敬うキリスト像は、仏像の裏に大切に隠してありました。」

小夜は寂しそうに笑った。

「父は――私たちの信仰を強いて広めようとは思っていませんでした。ただ、この島原の美しい里で、いつまでもささやかな幸福の中で信仰を守り暮らしていけたらと―――ですが、母は私と同じ不治の病に犯されて・・・・。」

そんな一家に攘夷の魔の手が襲ってきた。

まずはじめに殺されたのは、父だった。

攘夷を唱える浪人もの数名に、切り殺されたのである。

残った母と小夜、翔伍は海岸づたいに浪人ものから逃げた。

だが――母は激しく咳き込み、倒れてしまった。

「母さま、母さま。」

まだ幼い小夜が泣き出しそうな顔で母を見ている。

翔伍は海を指差し、叫んだ。

「兵衛叔父様の船だ!」

若い兵衛か゜、一艘の小船をあやつり、こちらへ向かってくる。

だが、浪人ものも刀を持って、小夜たちに迫ってきつつあった。

母は気丈に小夜と翔伍に言った。

「お逃げなさい。叔父さまの用意した船に乗るのです、あなたたちだけでも。」

「でも・・・・。」

翔伍が言うのを、母は強くたしなめた。

「あなたは神の子なのです。何よりも、もっと強くなって。」

そして、小夜らを船のほうに行くように叫んだ。

「早く!走って。」

母の気勢にうながされて船の方に小夜と翔伍が走ったときだった、母に浪人ものが切りかかったのは。

「母さま!」

母が倒れたのは、二人が兵衛の船に乗り込んだときであった。

「母さま・・・翔伍は強くなります。母さま・・・・。」

涙ながらに、船の上の翔伍は幼いながらも、そう強く誓ったのである。

「・・・・それから兄は、強くなりました。剣の腕も、心づもりも。兄は大陸で医術も習得し、少しならばここ島原の村人を診てまわったりもしているのです。」

小夜は言った。

「ですから、お兄様は、決して悪い人ではないのです。あなたが兄の何を見たのかは知りませんが・・・・。」

蒼紫は答えた。

「半月前、天草翔伍は京にいた。」

「えっ。」

「俺は奴と戦った。奴は大勢の人間をその剣で切り殺した。嘘ではない。」

小夜は大きく目を見開いた。

「では・・・・お兄様は・・・・私に嘘を言って・・・・・。」

庄三は叫んだ。

「あんた!マグダリヤ様によけいなことを言うな!」

蒼紫は答えた。

「ならば、もうよけいなことは言わん。だが、真実はひとつしかないのでな。」

そのとき、一同はぽっかりとした空間に出た。

「広場みたいだな。」

蒼紫が言った。

たしかに、その空間は、洞窟ではなく、天井はなくて空が見えていて、空には月が出ていた。

庄三の顔が明るくなった。

「やったぞ。もう少しで海岸だ。四乃森さん、俺は一人で歩けるよ、もう。」

その時だった、朧の冷たい声が答えたのは。

「それはよかったわね、庄三。」

朧が暗がりから進み出た。

横にも数名、手下たちが立っていた。

バサリ、と朧が黒い羽のついたマントを取った。

体にぴったりとした、胸もあらわな戦闘服がマントの下から現れた。

「待ち伏せしていたのよ。こっちの道を来ると思ってね・・・・。」

朧はそう言うと、大きな槍のような武器を構えた。

「大三弧矛・戟簾(げきす)。庄三、おまえに試すつもりはない。そこの男。おまえだよ。」

蒼紫は無言で朧の方を見た。

朧は言った。

「おまえに少し話があるのさ。」