暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

島原 上 五

小夜は不意に振り向いた。誰かがこの小礼拝堂に近づいて来る。何人かの足音だ。

「誰?ロレンゾとガスパルなの?」

と、部屋の外で押し問答をする声が聞こえた。

「どうした。早く開けろ。」

「…開けない。絶対にここは開けないからな!マグダリヤ様を人質にとるつもりだな。」

「辰政。」

「へいへい、こいつをふんづかまえときゃいいんでしょう。こん中に金になる奴がいるとあっちゃ仕方がねぇ。」

ギンッ、と鋭い音が走って、木製の扉が上下斜め左右に分かれ、バラバラと地に落ちた。

小夜は本能的にそばにあったピストルを手に取った。扉は鋼鉄の枠がはめこまれていたのに、すべて分断していた。

「来ないで!来たら撃ちます!」

恐怖心から小夜はそう叫んで、銀色の銃を腕で突き出した。

が、はっとなり、その姿勢のまま凍りついた。神よ、私はなんとまた愚かしい――――。

「マグタリヤ様!」

ロレンゾ庄三が叫んでいた。その横に影になった男が低い声で答えた。

「辰政、離してやれ。」

「あの女はピストル持ってるぜ。」

「構わん。ついでにこれも返す。」

辰政に突き飛ばされた庄三に横に、蒼紫が投げ捨てたマグタリヤのメダリオのペンダントが、軽い音をたてて地面をころがった。小夜は目を丸くした。

「それは私の。」

辰政が叫んだ。

「あ、いつの間に盗りやがったんだ、この野郎。」

蒼紫はもう納刀している。今度は形勢が逆転した。庄三は小夜の手からピストルを奪うと、蒼紫に銃口の狙いを定めた。

「さっきはよくもやりやがったな。」

小夜は悲鳴まじりに叫んだ。

「庄三、やめて!殺すのはいけません!」

蒼紫は冷静に言った。

「おまえたち、投降をするのだな。もうすぐここで皆既日食が起こる。それを機に混乱に乗じ、気勢をあげるつもりなのだろうが、世の中はそんなに甘くはない。」

辰政が笑った。

「なんだと。おいずいぶんでかい口たたくじゃねぇか。」

蒼紫は言った。

「辰政。おまえの警視庁からの見解を今述べてみた。俺の見解はこうだ。今九州北部では内務省の炭鉱汚職により、人心の乖離現象が起きている。廃仏毀釈西南戦争は、人心をつかむのに絶好の機会だったのだろうが、世界はこれからは富国強兵によって動く。上海の武器商人と手を組んだ時点で既に間違いだったのだ。」

庄三がピストルを構えたまま叫んだ。

「黙れ!」

マグダリヤが小声でささやいた。

「庄三。この人は私達のことをきっと知っているのよ…。」

「だからどうだって言うんだ!こいつはマグタリヤ様を――――。」

「もう一度同じ事を繰り返す気か。」

ここで辰政が横から出てきて言った。

「おい、天草翔伍をここに呼んでこい。こいつはそいつと殺りあいたがってるんでね。」

「辰政。」

「俺がてめぇのわけのわかんねぇセリフを整理してやるぜ。悪いがあんたの兄貴は極悪人さ。」

「兄の神を信じる気持ちは間違っていません!悪いのは傀王よ。兄はだまされているんです!」

マグタリヤの剣幕に庄三はつぶやいた。

「マグタリヤ様…。」

蒼紫は髪の下から鋭い目つきでにらんで言った。

「おまえ達二人、どちらかを選べ。今俺をここで射殺するか、天草翔伍か傀王かいずれかの所へ案内するか。こうしている間にも軍は動いている。軍の出動を甘く考えるな。」

「ちょっと待て。おまえそれじゃ俺をはめていたのかッ!四乃森!」

辰政のどなり声ももうずいぶんと遠くだ。

庄三の手のピストルが発射され、蒼紫は自分の頭から脳漿が飛び散り、頭蓋骨が砕かれて床に倒れこむ事を考える。同じような軌道を描いて、天草翔伍が苦無を持った操をその剣で乱暴になぎ払い、操は頭から血を出して闇の中でのけぞって倒れていく。

そのスローモーションのような動きは、蒼紫の頭の中に焼きついている映像だ。

生きようとする意志が不可欠なのでござるよ、と抜刀斎の声がひび割れて反響した。完全なる敗北じゃな、と翁の声もした。逃げているからそういう事になる、と比古清十郎も背中ごしにつぶやいた。

―――今ここで操に殉ずる事を考える俺は、おまえ達から見れば、拙劣な男か。

庄三は目の前の男を凝視した。

こいつは俺が撃たないという期待を抱いていない訳ではないのだ。いや、撃たない事を恐らく確信している。しかしこう考えている時点で既に、この男の前に俺は隙をぶら下げているに違いない。しかし蒼紫の気配は動かない。ここでこいつを殺した方がいいのか、今なら撃ち殺せるのではないか――――。

庄三が迷ったその時だった。横から小夜の声が聞こえた。

「お願い、庄三。私を失望させないで。この人を傀王の所へ案内して―――神は殺人を望んでおられません。お願い。」

小夜は床に崩れるようにして座り、懇願していた。神への信仰は庄三にもある。あるばかりか、彼はひそかに小夜を愛していた。本当は病弱な小夜の為になら、命を投げ出してもいいとさえ思いつめているのである。が、彼はそれを口にした事はなかった。そして庄三は、小夜の清い教えに傾倒するにつれ、かつての元々の仲間の傀王らを憎み始めていた。庄三はピストルをおさめて言った。

「わかった。あんた達を傀王の元に連れて行ってやる。しかし本当に軍が動いているのか。」

蒼紫は答えた。

「警官隊でなくて残念だったな。ここは地方なので、鎮圧に容赦はない。」

辰政がからんで言った。

「おい待てよ四乃森。貴様はそれじゃさっき軍あてに手紙を書いていたのか。」

「俺は軍になど手紙は書かない。辰政、斎藤はそれを知りたくて俺を見張るように貴様に命じたのだ。帰ってそう報告するのだな。そして志々雄真実の事件の調書をもう一度書き直すように、斎藤に言っておけ。」

「な―――なんだと、この…。」

蒼紫はまさに冷たい視線を辰政からはずすと、小夜に向き直った。

「ではお望み通り傀王の所へ行くとしよう。立てるかな。」

小夜は気丈に振り仰いで答えた。

「ええ、もちろん。兄の潔白を証明してごらんにいれますわ。」

彼女は兄の身を守る為にそう言った。

蒼紫はその様子を冷然と見下ろしていたが、すぐに横を向いた。その渺渺たるまなざしは、小夜の見知ったどの人間にもないものだった。

―――この人はなぜ私に敵意のようなものを抱いているの。

小夜はわからず、そう思った。天窓の陽は傾きかけており、蒼紫の濃い藍色の影は、小夜の心を不安にさせた。