暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

目無し 六

翌日から蒼紫の探索が始まった。

蒼紫は翁をほぼ無視して出かけた。ついに翁は言ったものである。

「この剣きちがいめ。操の面倒もほったらかしにしおって、わしに何故諜報活動をやらせん。京の都に網の目のように張り巡らせたわしの探索網で―――。」

「警察へ行って頭を下げる方がマシだ。」

にべもなかった。

蒼紫は何回か府警の方へ足を運んだが、こちらの事情聴取を取られただけで、かんじんの彦馬はいなかったりした。

―――政治家を守るのに奔走しているようだな。せっかく暗号は解いたのだが。教えたところであの男もとっくにわかっているのかも知れん。それよりも――――。

今、蒼紫の足はある道場へ向かっていた。

―――多分、幕末の頃から考えて、関係があるのはここぐらいだろう。

以前は剣術道場だった横に、小さな礼拝堂のようなものが建てられている。

最近になって建てられた様子だ。板張りのアーリー・アメリカン様式である。

道場の看板はしかし、もちろん、飛天御剣流ではなかった。

蒼紫が裏へ回ると、井戸のところで洗濯ものを洗っている青年がいた。

蒼紫は青年に尋ねた。

「この道場の者か。」

「え?僕のことですか?ええそうですけど‥‥。」

「ここに飛天御剣流の使い手の者がいるはずだろう。紹介してほしい。」

青年はびっくりして立ち上がった。

「どうして知っているんです?先生は十年間剣を握ったことがないのに―――あ、その頃からのお知り合いですか?」

「違う。今紹介してくれと言っただろう?強いて言えば、あの建物だな。道場の横にあんな物が建っているのは、京都中でここぐらいなものだろう。」

「はあ‥‥‥。」

青年は首をかしげながら、奥へ入って行ったが、すぐにまたあわてて飛び出してきた。

「大変です。先生が。すぐに来てください。」

蒼紫は青年とともに、家屋の中に入った。

奥の日本間で老人が一人、布団に寝かされていた。

「先生、先生、しっかりしてください。」

「どうしたんだ。」

蒼紫が声をかけると、青年は老人を支えながら言った。

「この方があなたの言っておられた方なんです。僕は大陸に渡ったことがあって、そこで無一文だったところを先生に拾われまして。先生の薦めで剣道を始めたんです。後はもう、ずっと一緒に。だって先生はものすごい使い手でしたから。」

老人は青年の言葉にわずかに目を開けた。

「私は‥‥君に‥‥ほとんど何も教えていない‥‥教えてはならないと思ったから‥‥‥。」

蒼紫は老人の目を見て衝撃を受けた。

―――この方は、盲いておられる――――。

「先生の容態は三日前から悪化しまして―――どうかもう今日のところは―――」

と青年が言った時だった。老人が寝床から叱責した。

「待て。その者剣客だな。翔伍の使いの者か。」

蒼紫は言った。

「翔伍とは―――。」

「常人にはわからぬだろうが、そなた血の匂いがする。その剣、人を斬ったことがあるな。それもずいぶんと。」

蒼紫は老人の枕元に座りなおした。

「おたずねしたい。飛天御剣流の事についてです。今京都で騒ぎが起きていますが、あれはあなたの教えられた者なのでは?」

「そうだ。しかしあなたは翔伍とは関係がないのか。そうか。何かの理由であれを追っているのだな。」

青年が老人を起こして蒼紫に言った。

「三日前に投げ文がありまして、先生に読んで聞かせたとたん、この有様なのです。」

蒼紫は言った。

「それは『昼が死に 夜が止む時 天守天草四郎時貞は 神としてよみがえるだろう』という文面では?そしてあと犠牲者の名前が書かれていたのではありませんか?」

老人は激しく咳き込んだ。―――労咳。それも末期の症状だ。

「あなたはわかっているのだな。そう、あれはわしに知らせる為にこんな事をやっておる。―――この京都で。断じて許せぬ。あなたの力で何とかしてもらいたいが、それも頼めぬこと――――。」

老人は必死で語りだした。

「あれは十年前―――私は私の甥である武藤翔伍とその妹の小夜をつれて、長崎へ彼らの両親の墓参りに行った時の事であった‥‥‥‥。」

彼らは長崎にある教会を訪ねた。老人もまだ若く、翔伍もまだ少年であったその時――――。

「翔伍どうしたんじゃそのなりは?」

夕闇迫る礼拝堂の中で、男は少年に尋ねた。

少年は怜悧に笑って答えた。

「叔父上。私はこの地に来て、私の両親の墓にまみえて、心づもりを決めました。」

言うなりスラリと長剣を引き抜いた。男の顔が見る見る青ざめていく。

少年は構えて続けた。

「叔父上、私は天草姓を名乗り、神の王国を作るつもりです。」

「なにッ。」

「私はあの飛天御剣流奥義、天翔龍閃よりもさらに神の領域に近づく技、雷龍閃を会得しました。これは神が私にこれを礎に王国を築けとのおぼしめし―――――。」

「神の王国だと‥‥‥まさかおまえの言っているのは、あの、四百年前の!」

「そうです。私はあの島原の乱で神に召された者達、すなわち復活者達の声を聞いたのです。それらの者達は私に向かって、さまざまな事を行うように言いました。」

「復活者の声なぞわしには聞こえん!世迷言を申すな、翔伍!」

少年は美しい口元で笑って答えた。

「天が私に命じたのだから仕方がない。だが私はそれまでの地獄を叔父上には見せたくない。だからこの剣で―――。」

男は身を震わせつつ抜刀した。

「翔伍、おまえにはすまぬが、ここで死ぬより他ないようだ。私はおまえが強くあれと願って飛天御剣流を教えたのだが、それはすべて間違っていたようだ‥‥‥‥。」

男は少年に向かって全力で斬り付けたが、それよりも早く漆黒の闇が男の目を射抜いていた―――そして少年とその妹は失踪した。

そして十年。

「あの技は、誰にも破れぬ。神の――神が―――。」

そこで老人はガクリと肩を折った。青年が叫んだ。

「先生、先生、しっかりしてください!先生―――――ッ!」

数刻後、看病する青年と蒼紫の見守る中で、老人は息を引き取った。顔に白布をかけながら、涙ながらに青年が言った。

「こんな事を申し上げては何ですが、うちではお葬式が出せません。仏教徒ではないんです。先生をでも、葬ってさしあげたいんです。今は夏場なのでこのままにしておけません。」

蒼紫は答えた。

「墓を作るのならば手伝おう。」

「動じて――らっしゃらないんですね。仏教徒じゃないのに。」

「こんな事には慣れている。」

青年が鼻白んだ顔になったので、蒼紫は答えた。

「すまない。失言だった。」

二人は道場の裏手の畑の木のかげに穴を掘り、老人を埋めた。

野の花を手向けた時、蒼紫は夕暮れの薄闇の中で、人影がいるのを感じ取った。隠密の勘であった。

―――誰だ。天草翔伍の手の者か。

しかし蒼紫は何事もなかったかのように、そこで青年と別れた。蒼紫は思った。

―――あの老人、心では俺に始末を頼んで逝ったな――――。