暁杜

るろうに剣心 蒼紫巴 蒼操 小説ブログです。

通暁(二)

般若が付くと言うのを断り、蒼紫は馬に乗った。恵那の山にあるという葉霞たちのアジト、だがその経路は幾筋か道筋がある。どのルートにあるのか見当はつかなかった。馬を走らせている間も、巴たちの安堵が気がかりでならなかった。あの時頭目の命令を無視して、ついて行けばよかった。ただひとつ望みがあるというのは、皮肉だが闇乃武たちが巴らを捕まえたであろうということだ。闇乃武は葉霞たちと違い、頭目の命令で動いており、幕府の命令で巴たちを間者として使う使命で動いている。だから辰巳がああは言ったものの、その場で命まで狙うことはないだろうと思った。それだけが一縷の望みであった。

 

そのころ巴たちは闇乃武たちとすでに街道筋で遭遇していた。精鋭の二名が抜けた御庭番衆たちだったが、彼らはよく戦ったのだが、にもかかわらず敗北したのは、ひとえに縁のせいによる。縁は、実は葉霞に拉致されていた寺で、辰巳らとも会っていた。姉を取り返したくば、我々の言うことを聞けとさんざん言われていたこともあり、追手の中に葉霞らよりも優しく、見慣れた顔を見出した彼は、彼らが手招きしているのを見て、そちらへと姉の手を引き走り出したのである。辰巳らはそのような中立の者たちであり、またどこへでも顔を出す蝙蝠のような連中なのだった。御庭番衆と言っても一皮むけば下働きはそのような烏合の衆の集まりであり、であるからこそ蒼紫は頭目から厳しく制圧するように普段から言われていたのだった。縁は辰巳の顔を見て、

「あの人たちは大丈夫だよ。」

と言って巴の手を引いたのだった。巴はまろびでる縁を止めようとして、突き転んだ。

「縁、行ってはだめ・・・・・!」

巴は叫んだ。なぜこうなってしまうのかと思った。

その時他の者たちと交戦していた寂庵だったが、辰巳が縁を人質に取ろうとしているのを見て、すかさず斬りこもうとした。しかし。

「てめぇはすっこんでな、爺さん!」

寂庵は声もなく絶命した。中條に前から斬られ、辰巳に後ろから袈裟懸けに斬られていた。他の御庭番衆たちも、闇乃武をはじめとした忍びたちに斬られていた。多勢に無勢であった。蒼紫、大丈夫か、というのが寂庵の最後の意識であった。彼は最後までこの不遇の若者の身を案じて死んだ。

「寂庵さん、あ・・・ああ・・あ・・・。」

巴は寂庵の遺体にすがって泣いた。それを辰巳は黒髪をつかんで乱暴に引き起こした。辰巳は巴に言った。

「なるほど。これはいい女だ。まだ殺しはせん。役に立ってもらうからな。」

「何をなさいます・・・・・。」

「あそこにいるのはあんたの弟だろう。子供だがいい連絡係になりそうだ。これからわしらと京に行ってもらうぞ。」

「いやです・・・・。」

「拒否はできんぞ。貴様は御庭番衆に近づきすぎた。その責を負うてもらう。」

「硝子のことで私たちを・・・。」

「硝子?そんなものはわしは知らん。ただおまえが亭主の仇討ちをするのを手伝ってやろうというだけの話だ。」

その言葉を聞くなり、巴はとっさに舌を噛んで死のうとした。しかしその瞬間派手に辰巳に掌で頬をはたかれた。辰巳は言った。

「貴様。殊勝に何ほどの手柄も立てずに死ぬつもりか。それでも武士の娘か。今日び町娘でも親の仇を討つのが当たり前、犬畜生にも劣るわ。弟の身柄も考えた上でのことか?」

縁は横から巴にあわててとりすがって言った。

「姉ちゃん、こんなとこで死んじゃだめだぞ。清里さんの仇を討つんだよ。この人は正しいことを言っているんだぞ。」

巴は無言で抗議の姿勢で辰巳を見上げている。辰巳は容赦なく笑って言った。

「なるほど、そうか・・・貴様あの男と結縁でもしたのか?それでか。では言ってやろう。その蒼紫とかいう若組頭の身を助けたくば、わしらと行動を共にすることだ。あの男は頭目の副長のような者だからな。おまえは知らないだろうが、次期頭目の席次に上がっている男なのだよ。それがああした任務につかされている・・・理由はわかるか。」

「・・・・・・。」

「貴様の存在であの男の絶対服従頭目は試したのだ。今回貴様があの男を誘惑したので、あの男は頭目に背いた。それは明白な事実だ。それで頭目は今立腹している。だから貴様はおとなく我々の言うことを聞いた方が、あの男のためなのだよ。」

巴は自分は誘惑などしていなかった、と辰巳に言いたかったがもうその言葉が出なかった。蒼紫が自分のせいで追い込まれている。その境遇に陥っている。私のせいであの方が、と思うといても立ってもいられなかった。その自分に蒼紫のためにできることは一つしかなかった。とっさに巴はそれにすがりついた。巴は静かな声で言った。

「・・・・では私が京に行けばいいのですね・・・・・。」

辰巳はうなずいた。

「そうだな。そこで間者として働いてもらう。簡単なことだ。またその女の手管を使ってもらおう。」

と言って辰巳はやれやれと腰をあげた。そして仲間の忍びたちに言った。

「もうそのへんにしておいてやれ。そいつらにはとどめを刺すな。ほうっておけ。頭目は殺すまでする必要はないと言った。仕置き程度でいいのだ。」

「あいよ。」

闇乃武の者が返事をした。

闇乃武たちは巴たちを引き立てると、その場を後にした。後には猩々たちをはじめとする蒼紫以下の御庭番衆たちの死屍累々が残された。ただ、彼らにはまだ息はあった。

 

蒼紫は全力で馬を走らせていた。早馬を頭目たちは用意してくれていたが、その馬も一日ぐらいしか持たないだろう。頭目が刻限を決めているのは、蒼紫への圧力の意味もあったが、それだけ幕府方が事を急いでいる証拠だった。ふつうの硝子の製造では薩摩が権益を握っている。その薩摩の台頭への幕府の牽制を急いでいるということだろう。そのような動きを察知するために、蒼紫はかねてより元薩摩藩隠密の式尉を御庭番衆に引き入れるという事をしていた。しかしそれも、式尉が二重スパイである可能性がないわけではなかった。そのような流動する情勢の中で蒼紫は常に動いていた。今も、甲州街道に行った式尉たちの行方はわかっていない。式尉たちが闇の武を打ち負かしてそのまま江戸に抜けることができていればいいのだが、おそらくそれは無理だろう。あの頭目の様子では、式尉たちは切り捨てるつもりのようだった。要するに自分は頭目に試され、反目した結果式尉たち数少ない部下をはく奪され、元の頭目の単なる下働きに戻されつつあるのだ。それは巴一人に自分の気持ちが動いたから、と蒼紫は思いたくない。悪いのは自分の心の動きだった。巴には悪いところは何ひとつなかった。彼女はただの一般人だった。元のあるべき平和な暮らしに戻してやるべき女だった。それをしくじらせた頭目こそ、蒼紫には憎むべき存在だった。もともと頭目には拾われた時から、蒼紫はすべてを頭目に預けていたわけではなかった。葉霞と一夜を共にせよと命じられた時から、頭目は自分を侵食する存在になった。それが決定的になったのが今回の出来事だった。この任務が終わり次第自分も頭目との今後をどうするか決めねばならないと蒼紫は思った。唯々諾々と従う人形のままでいるのはいやだった。しかし今はどうにもならない。巴の命をつなぐことをしなければならない。

 

行く手の道が二つに分かれている。ひとつは街道筋であり、もうひとつは橋を渡って廃村らしい家屋が闇の中に数軒見えていた。頭目の示した地図では、そのあたりだという目印しかなかった。場所は恵那山の山麓一帯付近だった。蒼紫は廃村の方に馬を進めた。おそらくこの先に葉霞たちのアジトがある。そこはおそらく御禁制の品の生産や密輸をする拠点だ。ここから中津川に下して港にまで運ぶのだろう。廃村に入っていく道は山道になっている。と、その先に白い刃がひらめいた。

「覚悟しな!」

と、葉霞の部下の二本刀の壮月が、馬を寄せて斬りかかってきた。蒼紫は一瞬で薙ぎ払った。手負いだった壮月はあっさりと斬り殺された。が、壮月の死体は地に落ちた瞬間大爆発した。馬が爆風で倒れて動けなくなった。足止めされたのだった。ここからは徒歩で行くしかない。葉霞の部下の霞五人衆はあと二人いたはずだった。しかし彼女ら以外にもまだ朱膳たちが待ち構えていた。蒼紫はまずい、と思った。爆発音で聴覚が今少し効かなくなっている。しばらくの間だけだが、そこをやつらは狙うはずだと思った。廃村のどこにアジトがあるのかもまだわかっていない。蒼紫は先を急いだ。